琉球史跡散歩:南城市玉城路[4]

2011
06-20
仲村渠樋川  (なかんだかり ひーじゃー)

 車を走らせ、仲村渠の集落前まで来ると、仲村渠樋川の看板を見つけ集落内へ、どこにあるかわからないまま集落内にある公共施設前の路上に車を止めて外へ出ると、目の前に大きなデイゴの木がある、この下かなと見当をつけかなり広めの綺麗に整備された石畳道を下ると当たりです、目の前に水の湧き出る仲村渠樋川が見えてきた。石造りのなかなかいい感じの泉です。奥の方には赤瓦で作られた建物があります、何かと思ってのぞくと五右衛門風呂があるではないか、仲村渠の人たちは共同でふろを沸かして入浴していたのだろうか!

仲村渠a 仲村渠b

仲村渠c 仲村渠d
写真をクリックすると拡大表示できます

 説明書きにはこのようなことが書かれている。

仲村渠樋川(なかんだかり ひーじゃー) [国指定重要文化財:平成7年6月27日 指定]

 仲村渠樋川は、仲村渠集落の共同用水施設で、沖縄の伝統的な石造井泉を代表するものである。
 古くはうふがーと呼ばれ、水場に木製の桶をすえた程度の施設だったようだが、大正元年(1912)から翌年にかけて、津堅島の石工により琉球石灰岩などを用いて作り変えられた。その施設は、いきががー(男性用水場)、いなぐがー(女性用水場)、広場、拝所、共同風呂、かーびら(石畳)によって構成され、敷地北側からの清水を貯水槽に貯え、水場に流して使用されていた。昭和30年代に簡易水道が敷設されるまでは、飲用、洗濯、野菜洗い、水浴びなどの生活用水として利用されていたが、最近は主に農業用水に利用されている。しかし、先の沖縄戦で共同風呂周辺は破壊され、土で埋められたため、昭和39年に広場にはモルタルが塗られ仮の改修がなされた。更に平成16年に実施された復元工事により、大正2年(1913)当時の樋川に復元され敷地全体の景観が整えられた。同時に、いきががーの芋洗い場や広場の石敷き、共同風呂も復旧整備がなされた。共同風呂については、主に発掘調査により発見された出土品(北側の石柱2本、石壁の一部、水槽、荒い場床、五右衛門風呂の一部)や近辺の類例などをもとに復元がなされた。また、法面保護のため、共同風呂北側及び広場東側に擁壁工事が施され整備された。

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